酒蔵見学⑦ ~神奈川県・吉川醸造~
超硬水、低精白米、水酛仕込み、そして商標問題(笑)など、
何かと話題の日本酒「雨降」。
今回、この雨降を造る神奈川県・吉川醸造様を特別に見学させて頂きました!
見学して分かったことは、奇抜なお酒造りは決して目立ちたがりというわけではなく、
最新の醸造理論を基に日本酒の可能性を最大限引き出した結果ということ!
謎に包まれた吉川醸造の実態を丸裸にする潜入レポート、どうぞご覧ください!
2024年8月某日、伊勢原市にある吉川醸造に到着。
蔵の皆様にご挨拶した後、さっそく蔵見学へ。
まずは井戸をご案内頂きました。
写真左から、
醸造責任者の井内智章(いうち ともあき)さん、
代表取締役の合頭義理(ごうとう のりみち)さん、
チーフマネジャーの田中亨(たなか とおる)さん。
この日は井内さんがメインで蔵の案内をして下さったのですが、合頭さんと田中さんに見られながらの説明、なかなかやりづらそうでした(笑)
こちらの井戸は、何と深さ20m!
見下ろすと遥か先に薄っすらと水面が見える程度で、とても深く、奈落の底といった雰囲気。
吉川醸造の創業は1912年(大正元年)で、その当時から存在する(と思われる)井戸だそうです。
底をよく見ると青っぽく光っているのが見えました。
ここ伊勢原市は凝灰岩の一種・日向石(ひなたいし)の産出場として有名で、この青っぽいのはまさに日向石だそうです。
吉川醸造の地盤も日向石で形成されていることが、井戸を覗くことで確認できました。
吉川醸造ではこの井戸の水をお酒の仕込み水として使用しています。
超硬水仕込みと言われる吉川醸造・雨降りの仕込み水ですが、硬度は150ほど、主成分はカルシウムとマグネシウムだそうです。
この水を汲み上げ、活性炭フィルターにて不純物を取り除くことで仕込み水になります。
ここから酒蔵の内部へ。
まずは洗米の話から。
吉川醸造では精米歩合90%の、いわゆる低精白と呼ばれるお米なども使用してお酒を造っています。
低精白のお米は油分を多く含むそうで、油分を含んだままお酒造りを進めてしまうと、
① 酢酸イソアミルなど吟醸香の生成量が少なくなる
② お酒の香りを阻害する成分が出る
③ 栄養分過多で酵母が元気になり、発酵が進みすぎてしまう
など、様々な弊害が生じるため、この油分を取り除く作業が必要になるそうです。
通常、洗米時間は1分ほどだそうですが、低精白のお米の場合は3分と長めに設定し、最後に45℃のお湯で洗うことで油分を洗い流すことができるそうです。
「素材の味を活かして、ふくよかな味わいを作りたい」
という理由で低精白のお米を使用しているそうですが、やはり糠のような香りが出てしまうのが課題だそうで、どうすれば抑えることができるのか、日々試行錯誤しながらお酒造りを行っているそうです。
やはり日本酒は生き物ですし、原料が毎回異なる等の理由もあってコントロールが難しいそうですが、諦めずに美味しいお酒を追求し続ける姿勢、カッコいいです!
続いて甑(こしき)についてご説明頂きました。
こちらは昔から使用している甑で、1回で500kgほどのお米を蒸すことができるそうです。
バーナーの直火で蒸すことが可能で、蒸気の圧力が安定することから低精白のお米でもしっかり蒸すことができるそうです。
こちらは掛米専用として使用しているそうです。
では麹米はどうやって蒸しているのかと言うと、凄いものがありました!
上の写真のこちら、最新の電気ヒーター式の甑だそうです!
導入のきっかけは、
「環境配慮型のお酒を造ってみようというコンセプトがあり、重油を燃料に使用する掛米用の甑に比べ、こちらは電気で稼働するため環境に優しいから」とのこと。
性能面では、掛米用の甑は少量を蒸すのには向いていないらしく、こちらの甑はその点メリットがあり、上手く蒸せるそうです。
日本国内では未だ2~3台ほどしか導入されていない高性能の機械だそうですが、これ1台で酒蔵全体の電気代が決まると言っても過言では無いほど電力消費が激しく、動かすと電気の使い過ぎのアラートが止まらなくなるそうです(笑)
こちらは蒸したお米を冷ます放冷機。
最新式のものだそうで、かなりコンパクトでした。
分解が容易で細部まで掃除しやすく、そして自動で洗浄する機能まで搭載されているそうです。
これによって雑菌の繁殖が抑えられるようになり、より綺麗なお酒が造れるようになったとのこと。
これを使って、麹米は約40℃まで冷まし、その他仕込みに使用するお米は室温近くまで下げるそうです。
こちらは冷風機。
放冷機は空気を循環させるので室温までしかお米を冷ますことができないそうですが、こちらの冷風機を導入したことで風の温度を5℃まで下げることが可能になり、暖かい時期でもお米をしっかりと冷やすことが可能になったそうです。
冷蔵庫に入れて冷やす手法もありますが、結露してしまいお米の水分量が変化する可能性があるため、冷風機が適しているとのことでした。
見慣れない機械がたくさんあり、見学がとっても楽しいです!
こちらも最新式!
仕込み用の3000L級サーマルタンクです。
従来のサーマルタンクはガスで冷やすものが多いそうですが、ガス循環式は短時間で一気に温度を下げるなどの操作は得意ですが、こまめな温度調整などは難しいそうです。
写真のこちらは不凍液が循環するようになっていて、ガス循環式よりも細やかな温度のコントロールが可能なため、これによりゆっくり発酵を進めるなど、より精密にお酒が造れるようになったそうです。
こちらのサーマルタンクにて、通常お米1tに対して水が1500Lほどの量での仕込みを行っているそうです。
ガス循環式の従来のサーマルタンクも導入されておりましたが、そちらは出来上がったお酒を瓶詰め前に貯蔵しておく冷蔵タンクとして活用されていました。
仕込み用のサーマルタンク購入の際、ガス循環式と迷ったそうですが、
合頭さん曰く、決め手は
「こっちの方が格好良かった」
ということだそうです(笑)
全体的に吉川醸造はシルバーの機械が多いですが、合頭さんの好みみたいです(笑)
続いて製麹工程へ。
吉川醸造が造る米麹の大部分は総破精だそうです。
理由として、
① 精米歩合90%のお米は粒が大きくて溶けづらく味を出しづらいので、麹菌がしっかり繁殖して溶けやすい総破精が適している
② 麹菌が多く繁殖していると雑菌が入り込む余地が減り、綺麗なお酒が造れる
などがあります。
その上で、総破精だけれども製麹の時間を短く設定することで、軽くて飲みやすいお酒になるように意識しているとのことでした。
低精白のお米を使用したお酒造りの話を伺うのが初めてでしたので、オリジナリティ溢れる造りの工夫やこだわり、とても面白いです!
また、印象的だったのが、写真に写っている製麹を行うこちらの台。
麹室と言うと、室の雰囲気に合う木製の作業台を見かけることが多いのですが、こちらはステンレス製。
木製だと節目まで綺麗に洗浄するのが難しく雑菌が繁殖しやすいため、昨年ステンレス製に変更したそうです。
麹菌は生き物。
そのため、製麹後は殺菌作業ができないため、いかにして清潔に扱うかが綺麗なお酒を造る焦点となるそうです。
こちらも初めて拝見しました!
「吟の箱」という名前の製麹用機械。
内部にファンとヒーターが付いていて、設定した温度に自動で調整されるようになっており、簡便に製麹が行える優れものです。
夜間でも温度が45℃になると自動的にファンが回り、米麹を冷やしてくれるなど、人の手を借りずに製麹ができるようになったそうです。
先ほどの台と同様に、吟の箱も内部はステンレス製となっており、掃除が容易になったことで細菌に汚染されず、綺麗なお酒が造れるようになったそうです。
井内さん曰く、米麹に付着する細菌数は通常1万~10万ほどだそうですが、吟の箱で造った米麹には何と100程度しか付着していなかったそうです!
お米の味を引き出せるように低精白のお米を使用するけれども、目指すのは綺麗な酒質。
古来より、磨いたお米の方が美味しいお酒になると言われてきたわけですが、それをあえて覆す。
これが成立するのは、雑菌汚染を回避する現代的な醸造理論とそれを叶える最新の醸造設備があってこそ。
まさに温故知新がもたらしたブレイクスルーと言えます。
種麹を見せて頂きました。
こちらは白麹。
白麹という名前ですが、見た目は茶色い!
こちらの白麹は古くから焼酎に使われてきた麹ですが、クエン酸を多く生成する性質があり、日本酒の造りや味わいが幅広くなった昨今、多くの酒蔵で使われるようになってきました。
この他にもグルコース(甘み)を多く造りだす麹菌などもあり、吉川醸造では様々な用途に合わせて6~7種類ほどの麹を使い分けているそうです。
こちらは出来上がった米麹の粗熱を取る出麹室。
何と専用の冷蔵庫となっており、その中で冷却し保管できるようになっていました。
室温は10℃ほどで、除湿器も入っているため1日冷やして乾燥させ、その後ビニール袋に入れて隣の-5℃の冷凍庫で保存するルーティーンとなっているそうです。
保存して使用するまでは長くて2週間ほどだそうで、保存している間に米麹を力価分析(酵素が物質を溶かす強さ=米麹のでき具合を調べること)し、万全の状態でお酒造りに臨むこともあるそうです。
そして酒母造りについてお聞きしました。
何と写真に写っている大きなウォークイン冷蔵庫、1部屋が分析室、そして残りの3部屋はそれぞれ異なる種類の酒母ごとに使い分ける、専用の酒母室となっているそうです!
冷蔵管理された酒母室は見たことがありますが、複数も用意されているのは初めてです!
さすが、速醸酛だけではなく生酛や山廃酛、水酛など様々な酒母造りを行っている吉川醸造ならではの設備です!
酒母ごとに部屋を分ける理由については、乳酸菌が意図せず混入してしまうと醪が酸っぱくなってしまう危険性があるので、完成度を高めるためには酒母ごとに部屋を分けるのが望ましいとのことでした。
ちなみに昨年、雑菌汚染が無いように丁寧に造ったところ、綺麗に出来上がりすぎて乳酸菌が入り込まず酸度が上がらなかったという出来事があったそうです(笑)
綺麗な酒質のためには汚染が無いように造るのが肝ですが、綺麗に造りすぎても醸造できないという事象から、
「昔ながらの製法は昔ながらの手法で造らないと成立しない」
と判明した、貴重な出来事だったそうです。
やはり日本酒は様々な生き物が造り出した芸術作品で、コントロールするのはとても難しいということを改めて学ぶことができた貴重なエピソードでした。
そして具体的な酒母造りのお話へ。
① 酒母から造り始める理由
通常、酒母を造ってからタンクでの仕込みに拡張します。
なぜ小容量の酒母造りから始めるのでしょう?
大容量のタンクから造った方が早いのではないか?
という疑問を持っている方も多いと思うのですが、そんな質問をしてみたところ、
「例えば3000Lのタンクで発酵を進めるとなると、とてつもない量の酵母が必要になるが、酵母は高価なため無駄に使用できない。酒母とは、酵母を培養する場所であり、期間でもあるので、これを設けることで酵母を増やし、スターターとして大容量のタンク仕込みの準備を行っている。また、一度に大容量での仕込みを始めると酵母が対応できず時間が掛かってしまうため、腐造の危険性が高まる。強い酵母を育てる意味合いでも酒母造りは重要なプロセスになる。」
とのことでした。
このような理由があり、酒母を造ってからタンク仕込みに移るのが定石になったのですね。
② 速醸酛と生酛・山廃酛について
速醸酛: 乳酸を投入
生酛・山廃酛: 自然に存在する乳酸菌が乳酸を生成するのを待つ
という違いがありますが、乳酸により酸度を高くして、雑菌に強いお酒を造るという点で目的は同じです。
それでは出来上がるお酒にどのような違いが出るのか?
一般的には速醸酛はすっきり、生酛・山廃酛はコクが出ると言われています。
その理由は生酛・山廃酛の場合は、乳酸菌が乳酸を生成し、酸度が高くなるまでに時間を要すので、自然由来の菌が入り込み、それが旨味を造り出すからと考えられています。
ですが、近年では、前述の通り、雑菌汚染に気を付けるなど技術の発達もあり、生酛・山廃でもスッキリ綺麗なお酒を造れるようになってきていると言います。
「速醸酛でも生酛・山廃酛でも、酸度を高くして強い酵母を育てるという酒母としての目的は同じなので、突き詰めると同じような味わいに近づいていくはず。」
とのことです。
③ 水酛について
菩提酛とも呼ばれますが、乳酸ではなく乳酸発酵させた仕込み水を使用する、古くから存在する酒母です。
生酛・山廃酛は麹米などが入った状態で乳酸発酵させますが、水酛は予め乳酸発酵させた「そやし水」と呼ばれる酸っぱい水から酒母造りを始める点で異なり、乳酸菌から乳酸を作る生酛・山廃酛、直接乳酸を投入する速醸酛、どちらにも近い印象を感じる手法です。
そやし水は、仕込み水に生米を入れておき、生米に付着した乳酸菌が乳酸を生成することで作られます。
そやし水が出来上がった後、ふやけた生米を取り出し、蒸したらまたそやし水に戻し、そして酒母造りに移ります。
そやし水には乳酸菌だけでなく自然由来の菌など様々なものが混入し発酵が進むので、独特な匂いが発生することもあるそうですが、吉川醸造では、
「いかに綺麗にそやし水を作れるか」
ということを念頭に置き、そやし水作製の際には室温を10℃に設定し、16~20日掛けてゆっくりと発酵を進めるそうです。
このように低めの温度で仕込むことで、匂いのキツくないそやし水が出来上がるそうです。
また近代的は水酛仕込みでは、完成したそやし水を煮沸し、殺菌してから酒母造りに進むことで綺麗な酒質を目指すこともあるそうですが、吉川醸造では煮沸を行っていないそうです。
その理由は、そもそも吉川醸造で水酛仕込みを始めたきっかけは、
「自然由来の菌を使いたかったから」
という背景があったため。
煮沸を行わなくても低温でゆっくり発酵を進めることで綺麗な酒質は実現できるとのことです!
そやし水に20日、酒母に30日、タンクでの三段仕込みで30日、完成までに80日も要する水酛仕込み。
とてつもなく手間暇の掛かった、素晴らしいお酒ということがわかりました!
もっと大事に味わわないといけないですね。
分析室も覗かせて頂きました。
左は酸度とアミノ酸量を測定する分析器、右はグルコース量を測定する分析器です。
こちらは日本酒度とアルコール度数を測定する分析器。
こちらの部屋で日々、日本酒の出来具合を調べているのですね。
意図した酒質に仕上がっているかどうかが分析結果で判明するので、無くては成らない重要なプロセスになります。
最近、梅酒も作り始めた吉川醸造。
様々な雨降で漬けこんだ梅酒が置いてありました。
どのような味わいになるのか、完成が楽しみですね。
お馴染みの圧搾機もありました。
こちらは佐瀬式。
もう一台、藪田式の圧搾機もあり、2台体制で搾りの工程を行えるようになっていました。
赤色酵母を使用したお酒なども造っているため、他のお酒と混ざらないように2台の圧搾機を使い分けているそうです。
圧搾機が2台もあるなんて初めてです!
美味しいお酒を造るためには躊躇わず設備投資をする。
本当に凄いです。
パストライザーがありました!
一般的に温度が高いと日本酒は一気に味わいが変化してしまいます。
そのため、
「火入れ後にいかに早く冷却を行うか」
がお酒の味わいを保つ重要な作業になるのですが、その点、パストライザーの性能はとても高く、火入れも冷却もあっという間に行える優れものだそうです。
近年では火入れだけれどもガス感のあるフレッシュなお酒も多く流通するようになってますよね。
それはまさに火入れの技術が上がったことの賜物であり、パストライザーなどの瓶燗火入れ技術が普及したお陰と言えます。
プレートヒーターもありました。
こちらも火入れと冷却が同時に行える優れものですが、パストライザーとは異なり瓶詰め前に火入れを行うタイプになります。
パストライザーはガス感を残すことができるためフレッシュで華やかなお酒に向いていますが、こちらのプレートヒーターは比較的落ち着いた味わいのお酒に向いているそうです。
見学を終えてお酒の試飲をさせて頂きました。
雨降のフラッグシップ商品と地元銘柄の菊勇まで、何と8種類も!
沢山ご馳走になってしまい申し訳ございません。
低精白のお米、多様な酵母、異なる種類の酒母から造られたお酒など、造りや味わいの幅が広くて楽しい飲み比べでした!
どんなお酒でも造れてしまう、まさに変幻自在!
どれも違ってどれも美味しい、本当に素晴らしいお酒です!
やはり造りの説明を聞いた後の試飲は、お酒の香りや味わいなどの細かいニュアンスが、造りから紐解いて感じ取れるようになるので、とっても貴重で有意義な見学会になりました。
この美味しい日本酒のこだわりや魅力をお客様に伝えられるよう頑張ります!
沢山ご馳走様でした!
最後に記念撮影。
試飲で飲みすぎて顔が真っ赤になってしまった合頭さんに注目(笑)
最新の醸造理論と醸造設備で唯一無二のお酒を造る吉川醸造。
新しいことを矢継ぎ早にこなし八面六臂の働きをしながらも、抜かりなくもっと美味しいお酒を造ろうと日々研究している井内さんの姿が印象的でした。
これからはどんな革新的な日本酒を造ってくださるのか、とっても楽しみです。
合頭さん、田中さん、井内さん、お忙しいところ見学のお時間を頂き、ありがとうございました!
執筆者・ヒデ