炭酸ガスの溶解度とお酒の味わい
筆者は、大学で物理化学系の研究を行っていたこともあり、自然科学が好きで、ついつい身の回りに潜む自然現象がどのような理由で起こっているのか考えてしまうクセが付いています。
特に好きな自然現象は、物質の状態変化です。
身近な状態変化の例を挙げると、水は0℃以下で氷に、100℃以上で水蒸気になりますよね。
一方で日本酒の場合は、0℃を少し下回った程度では凍りません。
アルコール度数が高いお酒ほど凍る温度は低くなります。
下の図は、アルコール飲料の度数と凍る温度の関係を表したグラフになります。
図1 アルコール度数と凝固点の関係
(引用:The Engineering ToolBox (2005). Ethanol Freeze Protected Water Solutions. [online]
Available at: https://www.engineeringtoolbox.com/ethanol-water-d_989.html [Accessed 19, Dec., 2023].)
このグラフで示しているのは、単なるエタノール—水の2成分系における凝固点であり、お酒には当然ながらその他の成分も含まれているため、実際の凝固点は微妙に異なります。また近似曲線はグラフ上にマーカーで示している5点の凝固点のデータを基に最小二乗法で作成したものなので、すべてのアルコール度数における凝固点が近似曲線で正確に表現されているわけではありません。あくまで目安となります。
このグラフによると、例えばアルコール度数40%のお酒は、おおよそ-23℃以下で凍ることがわかります。
バーで冷凍庫からキンキンに冷えたジンやウォッカが出てくるのを見たことがあるかと思いますが、一般の冷凍庫の温度はおおよそ-20℃ほど。
冷凍庫でもこれらスピリッツは凍らないわけです。
一方、日本酒(アルコール度数:約15%)の場合は、凝固点は-7℃付近となっております。
(日本酒には糖分やアミノ酸など様々な成分が含まれているので、実際の凝固点はグラフで示した温度よりも少し低くなると考えられます。)
生酒はすぐに味わいが変わってしまうため、とにかく低い温度で冷やしておくことが重要です。
当店・ナダヤ酒店の日本酒がとてもフレッシュなのは、凝固点付近の-7℃で保管されているからです。
本題に入ります。
皆さんは、ビールの炭酸の強さは気にしたことがありますでしょうか。
ラガービールなどは炭酸が強いものが多いですが、落ち着いたエールビールや黒ビールなどには炭酸がほとんど含まれていないものもあります。
炭酸ガスの量が変わると味わいはどのように変化するでしょう?
やはり炭酸を強く感じるとキリっと爽快に感じて、夏場は美味しく飲めますよね。
しかし、あまり炭酸が強すぎると舌や喉への刺激が強くなり酸味を感じるため、モルトの味や風味が弱くなってしまいます。
このように炭酸ガスはビールの味に影響を及ぼすので、溶け込む炭酸ガスの量を調節するのはビールを楽しむうえで重要な要素になります。
通常、お店の生ビールのサーバーには炭酸ガスのボンベがセットされており、ガスの圧力を調節することでビールに溶け込むガスの量を変化させる事が可能になっています。
物理的に、ガスの圧力が高いほど液体中に溶け込むガスの量が多くなります。
この法則は「ヘンリーの法則」と呼ばれます。
そのため、炭酸ガスの圧力を高く設定するとビールに溶け込む炭酸ガスの量が多くなります。
また、液体中に溶け込むガスの量は温度によっても変化します。
温度が低ければガスが沢山溶け込み、高ければ溶け込みづらくなります。
この理由は温度が高い方が分子の運動が活発になるので、液体中に溶け込んだガス分子が液体の外に飛び出していくためです。
冬場は温度が低く、炭酸ガスがビールに溶け込みやすくなることから、年間を通じて同じ味わいにキープするためには夏場よりもガスの圧力を下げる必要があるというわけです。
ちなみに角打ちナダヤでも生ビールを提供しておりますが、個人的にモルトのコクが楽しめたほうが美味しいと思っているので、意図的に炭酸ガスの圧力を適正圧力よりも低く設定して提供しております。
図2 炭酸ガスの圧力設定値(角打ちナダヤの例)
生ビール・キリン一番搾りの炭酸ガスの適正圧力は夏場2.5 kg/cm3、冬場2.0 kg/cm3となっている。写真からわかるように角打ちナダヤでは意図的に炭酸ガスの圧力を2.0 kg/cm3以下に設定している(写真撮影日:2023年12月18日)。
ここでやっと日本酒の話に移りますが、
この「温度によって液体へのガスの溶解度が変化する」
ことは日本酒においても重要です。
昨今、日本酒でも炭酸ガスを感じる製品が増えてきてますよね。
「直汲み生」、「活性にごり」、「ガス充填のスパークリング」など。
筆者も直汲みの日本酒が好きで、炭酸が舌先にピリリと感じると甘いお酒でも味が締まり、全体のバランスが取れて、「美味しい!」と思う瞬間が多いです。
先日、
吾有事の新酒(下の写真)を購入し、自宅で飲んでみたらガス感が強くフレッシュで、とっても美味しかったです。
図3 吾有事 fresh&juicy 純米大吟醸 無濾過生原酒(青ラベル)
その数日後、ナダヤの冷蔵庫から取り出した同じお酒を飲んだら、自宅で飲んだ時よりもガス感が弱く感じました。
どちらも開栓直後に飲んだため、ガスが抜けていたわけではないはず。
考えられる理由は「保管していた温度」でしょう。
ナダヤ酒店の冷蔵庫は-7℃。
上で説明した通り、温度が低い方が炭酸ガスが多く溶け込むので、自宅の冷蔵庫で保管していた時よりも炭酸ガスがより多く溶け込んだ状態となり、ガスが外に出てこられずにガス感に乏しい味わいになったと考えられます。
もちろん日本酒をフレッシュに保管するためには温度が低い方が良いのですが、味わいに関しては奥が深く、少々温まった方がガスが出てきてガス感のある味わいが楽しめるのです。
しかし温まり過ぎると溶けていたガスが沢山出てきてしまい、微発泡感は楽しみづらくなくなってしまうので、開栓した後はあまり温まらないように、何度も栓を開け閉めしないように、鮮度に気をつけながら飲むのがオススメです♪
おまけ ~酒場の小話~
ウイスキーなどをオンザロックで飲んだ時、ウイスキーの中が陽炎(かげろう)のような縞模様になっているのを見たことがありますでしょうか。
あの現象は「シュリーレン現象」と呼ばれます。
シュリーレン現象は、
「密度の異なる流体同士が接触する界面で光の屈折率の変化が起こり、もやがかかったように見える現象」
のことです。
まず密度についてですが、同じ物質でも温度が異なれば密度も異なります。
温度が低ければ密度が高くなり、高ければ密度が低くなります。
光の屈折率とはその名の通り、ある物質中を通った光がどれだけ屈折するかを表します。
「密度が高い=その場所に存在する分子の数が多い」
ということを意味するので、光を遮る物質(分子)が多ければ、光は直進せずに、ぶつかって屈折するわけです。
ですので密度の異なる物質が触れ合うと部分的に屈折率が変化して、その密度差が大きいと光の透過性が変わり、視覚的に見えるくらいのもやもや(ゆらぎ)になります。
夏場の陽炎はまさにこの現象で、太陽光で熱された車などの周りには温かい空気が存在しますが、少し離れると冷たい空気が広がっているため、温度(密度)の異なる空気同士が触れ合った境界で屈折率の変化が起こり、視認できる空間のゆらぎが生じます。
また温度だけでなく、異なる成分(≒濃度)を持つ物質は密度が異なるので、これらの物質が触れあった境界でも屈折率の変化が起きます。
ロックグラス内のウイスキーをまじまじと眺めると、氷の周りに纏わり付くようにもやもやが出ているのがわかります。
この場合は、
氷の周りには氷が溶けてできた純粋な水、その周りにはウイスキー(40%のエタノール水溶液)があり、密度の異なる物質が接触していることから、氷の周りで屈折率の変化が起こり、もやもやが生じていると言えます。
科学が好きな筆者はいつも酒場でロックグラスを眺めながら、
「おお~!!今日ももやがかかってるね~!」と、テンションが上がるわけです。
ぜひ皆さんもウイスキーをオンザロックで頼んで、科学を身近に感じてみてください。
執筆者・ヒデ